遠い日
前職のボス、と言わなきゃいけないのが悲しい。1ヶ月ほど前、私の送別会としてボスの当麻さんが飲みに連れて行ってくれた。
今思うと非常事態宣言が発令される直前の、自粛ムードの高まる中での飲み会。少人数とは言えギリギリセーフ、いや、アウトの時期だったように思う。
楽しくて悲しくて、想い出いっぱいの時間だった。当麻さんはオフレコで、数ヶ月後に東京本社へ転勤する予定になっているということを私達に伝えてくれた。
先へ
当麻さんが私をフロントオフィスとして社員に転換する話を進めようとしなかったのは、もちろん私の適性もあるけれど、自分がもう近くで助けてあげられない、守ってあげられないっていう気持ちが大きかったんだと思う。
転勤の話を聞いて、私もやっぱり当麻さんがいないときっと頑張りきれなかったと想像できるし、これで良かったんだなと納得することができた。
当麻さんが栄転で東京に行ってしまうことは、さみしいけれどとてもうれしいことで、エリート街道まっしぐらな当麻さんをますますリスペクトする気持ちが大きくなった。
だけど一方で、あと数ヶ月で簡単には会えない物理的な距離ができてしまうことが悲しかった。
遠く遠く
そもそも同じ職場でも遠い存在の人だった。私は同業他社に転職すると言っても、仕事絡みで連絡をする理由はない。仕事以外で連絡する理由はもっとない。もう2度と会えないんだろうか。
飲み会が終わって数日後、最終出社日に当麻さんへお礼とあいさつをしに行った。そして、転職先で落ち着いたら連絡してもいいですか、と聞いてみた。
当麻さんは、落ち着かなくてもいつでも連絡くれていいよ、と笑いながら言ってくれる。
それじゃ、転職したらすぐ連絡します、と冗談ぽく言って、なんだか2度と会えないような気がしていたのが少し落ち着いた。
励み
それでもアレコレ考え込んでしまって転職してすぐには連絡できなくて、でも早く連絡したくて、転職して1週間ほどしてから転職先から連絡をした。
飲み会の時に話してくれたお気に入りのお店、また今度連れて行ってくださいということと、転職先でがんばります、と言うこと。
当麻さんは、渚さんの仕事に対する姿勢なら絶対に大丈夫、がんばって、ということと、行きつけのお店でまた飲もう、ということを返信してくれた。
そして自分を追い込むために、当麻さんが転勤される前にお誘いします、と思い切って宣言した。
日常
GWまでの非常事態宣言が出て自粛ムードは最高潮になった。そしてそれはさらに延長されようとしている。
日常は完全に失われていて、日常を取り戻すためにたくさんの人が闘っている。会いたいと思うことさえも不謹慎に思えてしまう。
当麻さんの転勤の時期までに落ち着くのかどうか、誰にもわからない。このまま会えずに離れてしまうんだろうか。そして少しずつ、記憶も薄れてしまうんだろうか。
たられば
こんな状況で、せめてまだ同じ職場なら。あうんの呼吸で当麻さんの仕事のサポートができたのに。
だけどもし私が転職していなければ、個人的に飲みに連れて行ってくれることもなかっただろう。転勤の話も直前に人事発表で知って落ち込んで、ってことになっていたと思うと、これはこれで良かったのかもしれない。
なんてことをこのコロナ騒動の間中考えたり、一緒に作り上げた資料を眺めて思い出に浸ったりしていた。
戻れないけれど
キラキラしていた時間。うつうつとした毎日のせいで、よけいにあの頃に戻りたくなる。当麻さんに会いたくなる。
だけどいつか当麻さんに会える日が来たとき、はずかしくない自分でいようと辞めるときに誓った。当麻さんはいつだって前に進んでる。がんばらないと、あっという間に見えなくなって、本当に手の届かない人になってしまう。
世の中が大きく変わろうとしていて、自分自身も新しい環境に身を置いて、前に進むのか落ちていくのかは自分次第だ。とにかくがんばろう。何も見えない毎日だけど、とにかく前に進もう。