こんな風に 木もれ日の中にいると
別れさえも 美しく思えるから
悲しみを 忘れてしまう事で 人は
きっと 強くなれるから
-GLAY/Way of Differenceより-
初めての食事会
2人きりのデートなのかと期待と不安でいっぱいだったものの、前日になってボスの当麻さんから社内メールが来た。他の人誘いましょうか、と。
1年ほど前に退職した当麻さんの元部下であり、私も親しい仲間である山口くんを誘うことになった。
当麻さんも私も、山口くんとは彼が退職した後も何度も会っていて、退職したとは言え身近な存在。
他にも誘いたい人がいれば声かけていいよと言われたけれど、その時すでに前日の午後だったし、3人でゆっくり話したかったので3人で集まることになった。
ドキドキの5秒前
当麻さんが焼肉店を予約してくれた。19時前に出ようかと夕方頃に社内メールが来る。
2人で連れ立ってオフィスを出るのはやっぱり不自然なので、会社のロビーでお待ちしていますとメールを返す。時間になってそっと1人でオフィスを出る。
オフィス以外の場所で当麻さんと2人でいるのは不思議だった。当然のようにタクシーに乗せてくれる。当麻さんは仕事の電話が鳴り止まない。
お店で山口くんと合流。いい雰囲気の焼肉店。値段を見ると食べられなくなりそうで、当麻さんに全ておまかせする。
幸せな時間
お酒がおいしくて食事がおいしくて、途中で頼んでくれたワインがおいしくて。
心を許した2人が目の前で笑っている。こんなにもやさしくてあたたかい時間にどんな名前をつけたらいいのかわからない。
本当に幸せな時間だった。
ワインが1本空いた頃、店を変えようか、と当麻さんが言う。軽く4〜5万円はかかってると思われるお会計。何も言わずにさっと済ませてくれる。胸が苦しくなる。
少し寒い街を3人でぶらぶら歩いて、落ち着いたカウンターだけのバーへ入る。マスターと常連客が1人。
ワイワイと焼肉を焼いていた時間とは打って変わって、お酒を飲みながらしみじみと3人で話をする。嗜む程度にはお酒を飲める自分を、今ほどほめてあげたかったことはない。
思い出がいっぱい
いろんな話をした。一緒に打ち込んだプロジェクトのこと。社内の人間関係のこと。プライベートのこと。昔のこと。これからのこと。夢のこと。話はずっとずっと尽きなかった。
当麻さんの名前を打ち込んだ革製の小さな栞。いつも熱心に勉強している当麻さんに、ありったけの気持ちを込めて贈る。
「今までありがとうございました」
「こちらこそありがとう」
「いえ、こちらこそ」
「いや、こちらこそ」
笑いながらあっという間に時間が過ぎる。
そろそろ日付も変わりそうな時間。本当の終わりが来る。
サヨナラ、そして、、
送るよ、と当麻さんがつかまえてくれたタクシーに2人で乗り込む。山口くんが見送ってくれる。
車内で2人きり。私の家までは15分くらいしかない。もう全部伝えられただろうか。後は何を伝えたらいいだろうか。けっこう酔っ払っていて想いがまとまらない。
「今日はこんな機会つくっていただいて、本当にありがとうございました。」
やっと出てきた言葉。もうそれしかなかった。そしてそう言った瞬間に、涙がポロポロとあふれてくる。
「続けられなかったことはもともと承知していたので、大丈夫です。」
「今はただ、さみしいです。」
グズグズすすり上げながらやっとそれだけを伝える。
当麻さんは、そうだねと、ただウンウンと聞いてくれる。
「さみしいけど、前に進みます。それで、いつかまた良い報告できるように、がんばります」
私の結論はこれだった。
強くならないといけない。
当麻さんと山口くんと私。それぞれ全然違う立場で全然違う場所にいるけれど、同じ業界で、同じ思い出で繋がっている。3人でまた会おうと約束をした。
笑顔
途中からはまたあれこれと話をして、あっという間に家の近くに来る。
当麻さんが笑顔で手を振ってくれる。笑顔で当麻さんを見送る。
幸せな時間。私はこの思い出できっとがんばれる。強くなれる。
うん。
大丈夫。