突然のオファー
「渚さん、契約期間終わったらどうするんですか?」
職場の男性社員で士業の立花くんからおもむろに質問された。以前から仲間内で一緒に飲む間柄で、たまたま二人でランチに行った時だった。
立花くんは私があと半年で今の職場を去らなきゃならないこと、私は残りたくて水面下で動いていること、だけど残るのは非現実的なことは知っている。
「はっきりとは決めてないけど、同業他社に行こうかなと思ってる」
そう言った私に、立花くんは「独立するから一緒に来てほしい」と真っ正面から伝えてきた。
とまどい
立花くんは独立思考で、そのために勉強中だったこと、つい先日その勉強が終わったこと、早くて年内には会社を辞めて独立を考えていることは、仲間内では誰もが知っていて、みんなで応援していることだった。
今までにも転職していった人が「良かったら一緒に働かないか」、と言ってくれたことは度々あった。辞めていく人はたいてい独立か、転職先でもそれなりの役職に就く人が多く、仲間内で起業したり引き抜いたりすることはごく一般的なこと。
立花くんはそれから独立に向けての計画と現状を具体的に説明してくれて、もし可能なら条件についての希望はあるか?ということまで聞いてきた。
まだ計画中とは言え立花くんの話はかなり現実的で、現状の計画で独立する可能性は極めて高い。そうなると後は私の気持ちひとつ。
「前向きに検討しますね」「また逐一、状況伝えますね」と言い合ってその日は終了した。
闘いの意味
それからずっと考えている。立花くんからのオファーはすごくうれしくて、プロポーズされたみたいにドキドキしている。
だけど私は今の職場であと半年の契約期間、自分のためにも後輩のためにも生き残る方法を模索して、最後まで闘うと決めたところだ。周りの人も応援してくれている。
何よりも今の仕事が好きで、一緒に働いている人が好きで、ボスとの仕事が好きで、毎日楽しくて、ずっと今の仕事を続けたい。
だけど立花くんのオファーを受けて、本当に自分を必要としてくれている場所で働く方が幸せなんだろうし、二つ返事でOKするべきなんだろうと思った。
自分の幸せ
独立=不安定なんじゃないかという不安はない。若い頃から独立思考で準備をしっかりしているし、一緒に働いていて仕事ぶりは知っている。まだ若いし、人柄も善く頭も良い。
独立して自由に仕事をしたらきっともっと素敵なビジネスマンになるだろうと、その信頼感はある。きっと立花くんも、私に何かしらの信頼感があるからオファーしてくれたんだと思う。
今の職場は現場レベルでは自分を必要としてくれていて、自分も多少は役に立てている実感があるんだけれど、あまりにも組織が大きくて現場レベルでは太刀打ちできないことが多いのが現実。
私は結局、どうしたいんだろう。今の職場でずっといられるなら立花くんにはついて行きたくないんだろうか。
本当に好きな人はいるけど、振り向いてもらえないから大事にしてくれそうな立花くんについて行く、そんな失礼な考えでいいんだろうか。