突然の仕事
昨年の秋頃だっただろうか。出社すると突然、組織のボスである当麻さんに呼び出された。当麻さんは一般事務のアシスタント職である私から見ると雲の上の人だ。自分とは何の共通点もない。
当麻さんをサポートしているマネジャーの仕事を私がサポートするというような、間接的に仕事で関わりはあったけれど、直接仕事をふられるのは異例のことだった。
それも最初はアシスタントの業務を調整している人に連絡が入って私の時間を調整する、という段取りを踏んでいたけれど、それも最初の数回で、最近は直接部屋に呼び出されたり、メールや電話がきたりするようになった。
セクハラやパワハラの気配はない。いたって紳士的で、しがない事務員の自分にも気さくで優しく接してくれる。
いつも通りに
当麻さん(社内では社長だろうと事務員だろうと全員が”さん”付けで役職では呼ばない)は私より10才ほど年上で、いわゆる3高。切れ者で雰囲気も良い。
頼まれる仕事はどうということのない、パワポデータの修正やリサーチ業務などで、難しいことではない。
当麻さん:企画書の下書きをする
→私:ざっくりとパワポデータにする
→当麻さん:情報を肉付けしていく
→私:肉付けに伴った修正をする
これを何度も何度もやる。時には当麻さんの個室にあるホワイトボードで、さながら個人講義を受けながら作り上げていく。
どうということのない仕事ではあるけれど、プレッシャーは大きい。この企画書を作り上げていく作業は、私の日常業務のひとつで慣れているし、作業的に難しいことではない。
しかし当麻さんに満足してもらえるレベルの資料を作り上げる自信は今のところほとんどない。
頭の中をのぞく
この作業の最大のポイントはお互いの意志疎通にある。企画書をどんなイメージに仕上げたいのか、作る方はいかにそれを伝えるか。私はそれをどれだけ受け止めて表現できるか。
その人の好みやスピード感を掴んで、二人三脚でやっていく必要がある。これを当麻さんとやっていくには当麻さんを知らないといけないし、親しくならないといけない。
しかし私は基本的にコミュニケーション能力が低い人間で、雑談が苦手で、一日中、黙々系の事務作業がしていたいタイプ。
そんな自分が、組織のボスである当麻さんといったいどうすれば親しくなれるんだろう。あまりにも住む世界が違いすぎて、話しかけることさえ緊張してしまうというのに。
それにあまり親しく接しても、それはそれで周囲から異常に見えてしまって、私にとっても当麻さんにとってもあまり良くないことだ。
異様な光景
そもそも私が当麻さんと2人で話している、仕事をしているというだけで周囲からは2度見してしまうくらいの光景。
親しく話しているところが周囲の人の目についてしまったら、アシスタントの女性に手をつけている、と言うような噂がたちまち広まってしまって、当麻さんの評判を著しく落としてしまう。
あれこれ気を遣う仕事ではあるけれど、当麻さんのサポートをさせてもらう仕事は勉強にもなるし楽しくもあるので、しばらくはがんばりたいと思っている。