秋の楽しみ
「研修旅行中はどう過ごすの?」 既婚上司の高橋さんが私に聞いた。
近々、職場で毎年恒例の1泊2日研修旅行がある。私は今回、初めての参加。どう過ごすもなにも旅行中は全員スケジュールがほぼ決まっていて、自由時間は夜くらいだ。
親しい同僚は参加しないから基本的には一人行動。そこそこ親しい人はたくさんいるから、その場その場で適当に過ごすんだろうと思う。私自身、どう過ごすのかノープランで行き当たりばったりだ。
どう過ごすの、とふわっと聞かれて、「高橋さんとずっと一緒にいたいです」と言いたかった。素直な気持ち。だけどそんなこと言えるはずもなく、「まったりしてます」とやはりふわっと答える。
もどかしい
もしやお誘いなのかも!?と一瞬よぎったけれど、すぐに打ち消した。きっとただの世間話だ。「夜、一緒に飲みませんか?」「部屋に行ってもいいですか?」って言ったらなんて言うだろう、とその一瞬で妄想がはかどる。
だけど部屋はシングルではないし、2人で飲むなんてことしたらあっという間にうわさが広まってしまう。第一、高橋さんも上司と飲んだりしなきゃならない。私の相手をしている暇なんてきっとない。
だけど時間を気にせず一緒にいられるチャンスなんてもう最初で最後だ。「時間あったら遊んでくださいね」とだけ前ふりを入れておく。
存在感
彼を意識し始めて、もうすぐ1年が経とうとしている。気持ちは浮き沈みあるけれど、つかず離れずのほどよい距離感でやってこれていると思える。
最近は距離感うんぬんと言うよりも、お互いが当たり前の存在になっている。フリーアドレスの社内ですぐ近くの座席に座ったり、気軽に2人でランチに出かけたり、親しい友人のように自然になってきた。
2人でランチに行って、向かい合わせに座る。彼も私もぺらぺらおしゃべりするタイプじゃないし、特別に話が弾むわけでもない。
ただ向かい合ってのんびりとしている。ときどきどちらかがぽつりぽつりと話したり質問したり、しなかったり。そんなペースが楽しくてしかたない。
きりがない想い
私は高橋さんを眺めているだけでうれしい気持ちになれて、同じ空間に2人でいるだけで癒される。
普段はまったりとしている人だけど、分厚い専門書で調べものをしている姿にときめく。
専門職でバリバリやって外では先生と呼ばれる人なのに、まったくそれを感じさせない。謙虚で優しい。やっぱりこの人が好きだなと思う。
仕事中は、この好きな気持ちを彼の仕事を手伝うことでごまかしているけれど、仕事を離れるとどうなってしまうんだろう。彼と外で会うのは初めてのことだし、しかも泊まりがけ。
好きな気持ちが前面に出てしまったらどうしよう。職場の人が一緒だ。迷惑かけないように気をひきしめないと。
どうなることもできない関係だけれど、せめて、少しでも一緒に過ごして楽しい思い出をつくりたい。