カウントダウン
契約期間満了まで残り2ヶ月を切った。残り有休日数を加味すると、出勤日は2週間ほど。毎日忙しくてまったく実感がわかない。予定している有休も消化できない可能性が高い。
自分がいないと回らない仕事なんてないのはわかってる。周りのことなんて気にせず、休みたい時に休めばいい。
だけど私は最後まで全力でやると決めた。誰に頼まれたわけでもない。自分が最後までフルスロットルでやりたいからやる。今までそうしてきた。ただの自己満足だ。
シンプル
退職までカウントダウンに入って、いろんな感情が削ぎ落とされてくる。最後の最後、シンプルに残っている気持ちはただひとつ、“ボスの当麻さんと離れたくない”
当麻さんは私が退職せざるを得ない状況を唯一、救ってくれる可能性のある人だった。だけどその希望は打ち砕かれた。いくら当麻さんでも、会社には勝てない。頭ではわかってる。
だけど一方で、当麻さんが本気で私を残したいと動いてくれたとしたら、きっとできないことはないという思いもあって、自分は結局当麻さんにとってそれくらいの存在だったんだなと、複雑な気持ちでいる。
当麻さんの思いはともかくとして、私は当麻さんの姿を見かける度に、仕事を辞めると、きっともう2度と、会える機会もないんだなとしみじみ思い出されて、さみしくなる。
川の流れのように
同じ業界で働くつもりだし、当麻さんは表舞台に出ることも多い人だから、こちらから近況を知ることはできる。だけど今みたいに、すぐそばで当麻さんと一緒に泣き笑いすることは、一生できない。
当麻さんからすれば、私はほんのひととき一緒に過ごしたアシスタントのうちの一人で、ただ過ぎ去ってふわっと消えていく、ひこうき雲みたいな存在なんだろう。
思い出
頻度は減っているものの、当麻さんとの仕事は続いていて、ほとんど完成に近づいている今の仕事も、他のアシスタントに引き継がなければならない。この1年ほど当麻さんと作り上げてきたこの仕事を、誰にも渡したくない。
何度もやり取りをして2人で作り上げた資料。本番前に2人でランチしながらリハーサルをやったこと。本番が終わったすぐ後に連絡をくれたこと。海外出張先からもやり取りをしたこと。
乗り気にならないと言いながらもいつも熱くて全力で向き合っていたこと。このプロジェクトの間にも、単発のプロジェクトで何度もサポートを頼まれたこと。
自分以外のアシスタントと楽しそうに仕事をしている姿を想像するだけで嫉妬してしまう。
道しるべ
この1年、当麻さんのことを知れば知るほどずっと一緒にいたいと思った。いつも熱くて全力で、孤独で、キラキラしている当麻さんに、少しでも近づきたかった。
いつも仕事に全力になれたのも、簿記の勉強をがんばれたのも、当麻さんに認めてほしい気持ちがいつもそこにあった。当麻さんは私の道しるべだった。
当麻さんから離れて、私はひとりで歩いていけるんだろうか。
せめてできることは、最後まで全力でやること。私がいなくなった後、当麻さんに迷惑をかけないようにすることだ。
あきれるくらい、何もできない自分に嫌気がさす。笑顔で終われるように。当麻さんにはずかしくない終わり方をしようと思う。